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急性歯髄炎の抜髄後に痛みが続くのはなぜ?貼薬をしても痛みが引かない原因とその対処法
「虫歯が深くて神経を取る治療(抜髄)をしたのに、まだズキズキ痛む」「薬を入れ替えてもらったけれど痛みが治まらない」——このような不安を感じて来院される患者様は少なくありません。抜髄は、一般的に“神経を取れば痛みはなくなる”というイメージがあるため、治療後に痛みが続くと「失敗したのでは?」と心配される方も多いのです。
しかし、実際には抜髄後も一時的に痛みが残ることは珍しくありません。中には、貼薬(歯の中に薬を入れて鎮静させる処置)をしても痛みが引かない場合もあります。今回は、急性歯髄炎を抜髄したのに痛みが続く理由、貼薬をしても症状が改善しない場合に考えられる原因、そして今後どのような治療が必要になるかについて、わかりやすくご説明します。
【1】急性歯髄炎とはどのような状態か
急性歯髄炎とは、虫歯が深く進行し、歯の内部にある神経(歯髄)が細菌感染を起こして炎症を起こしている状態です。特徴的な症状は、ズキズキとした自発痛や夜眠れないほどの痛み、温かいもので痛みが強くなるなどです。痛みが非常に強いため、日常生活にも支障が出るケースが多く見られます。
歯髄は歯に血液と神経を供給する重要な組織で、炎症が軽い段階であれば「生活歯髄保存療法」といって神経を残すことも可能です。しかし、痛みが激しく、歯髄全体が感染している場合には、感染源である神経を取り除く「抜髄処置」が必要になります。
【2】抜髄後に痛みが続く理由
抜髄を行うと、通常は痛みの原因である感染した歯髄が取り除かれるため、時間の経過とともに痛みは軽減していきます。しかし、治療直後に痛みが続いたり、数日経っても痛みが引かない場合があります。その原因として、以下のような要因が考えられます。
(1)歯の根の先に炎症が残っている
抜髄は歯の中の神経を取り除く治療ですが、歯の根の先(根尖部)には微細な神経組織や血管が存在しています。神経を取る過程で根の先端に炎症が残ると、痛みや違和感がしばらく続くことがあります。これは「根尖性歯周炎」と呼ばれる状態で、炎症が完全に落ち着くまでには数日から数週間かかる場合があります。
(2)器具や薬剤による刺激
歯髄を取り除く際には、細いファイルという器具を使って根の中を清掃します。この時、器具が根の先端まで届きすぎたり、消毒薬(次亜塩素酸ナトリウムなど)が根の外へ漏れ出たりすると、周囲の組織に刺激が加わり、一時的に痛みが生じることがあります。この痛みは「術後疼痛」と呼ばれ、一般的には時間とともに軽快していきます。
(3)感染が完全に取り切れていない
根管の内部は非常に複雑な形をしており、細い枝のような部分まで完全に清掃・消毒するのは難しい場合があります。感染が一部残っていると、根の中で細菌が繁殖し続け、痛みや違和感が長引くことになります。この場合は再度根管内を清掃して薬を入れ替える必要があります。
(4)噛み合わせによる刺激
治療後に仮の詰め物をした状態で強く噛むと、炎症が残っている根の先に刺激が伝わり、痛みが出ることがあります。噛み合わせのバランスが悪い場合には、歯科医師が調整することで症状が軽くなることもあります。
(5)根の外側に炎症が広がっている
歯の根の先から感染が歯槽骨や歯根膜に広がると、根の外側に膿がたまり、腫れや強い痛みを伴うことがあります。特に急性歯髄炎から移行するケースでは、感染が急速に進むことがあり、抗菌薬や切開排膿が必要になる場合もあります。
【3】貼薬をしても痛みが引かない場合の原因
抜髄後の痛みが続く場合、歯の中に薬を入れて炎症を鎮める「貼薬処置」が行われます。一般的には水酸化カルシウム製剤や抗菌薬、鎮痛消炎薬などが使われます。
それでも痛みが引かない場合、次のような理由が考えられます。
(1)根管内感染の再燃
一度消毒しても、根管内に細菌が残っていたり、新たに感染したりすると、再び炎症が起こります。根管の奥や側枝と呼ばれる枝状の構造に細菌が潜んでいることもあります。この場合、再治療(根管再治療)が必要です。
(2)根のひび(クラック)が存在する
歯の根に細かいひびが入っていると、そこから細菌が侵入し、内部で炎症を繰り返します。クラックはX線では写りにくく、実際の診断が難しい場合も多いです。CT(歯科用コーンビームCT)撮影を行うことで詳細な診断が可能になります。
(3)根尖性歯周炎が進行している
炎症が根の先で慢性化すると、根の先に肉芽組織(炎症性の組織)が形成され、これが痛みや違和感の原因になります。このような場合、根の先の手術(歯根端切除術)が行われることもあります。
(4)全身的な影響やストレス
睡眠不足やストレス、全身の免疫力の低下によって、炎症反応が強く出ることがあります。抜髄後の治癒は体の自然治癒力に依存するため、全身の健康状態が治り具合に影響することも少なくありません。
【4】抜髄後の痛みを和らげるためにできること
抜髄後に痛みがある場合でも、ほとんどは時間の経過とともに治まっていきます。以下のようなセルフケアを行うことで、痛みを軽減させることができます。
・治療した歯で強く噛まないようにする
・刺激物(熱いもの、硬いもの)を避ける
・歯を清潔に保ち、細菌の繁殖を防ぐ
・処方された鎮痛薬を正しく使用する
・痛みが強い場合や腫れがある場合は早めに受診する
【5】治療を成功させるために大切なこと
根管治療は「見えない場所の感染を完全に取り除く」非常に精密な治療です。痛みが続く場合、原因を特定して適切に対処することが何よりも重要です。
特に以下の点が治療の成否を左右します。
・ラバーダム防湿を使用して唾液による再感染を防ぐ
・拡大鏡やマイクロスコープで精密に処置を行う
・根管の長さを正確に測定し、過不足ない清掃・貼薬を行う
・再治療や外科的治療が必要な場合は専門医と連携する
【6】まとめ
急性歯髄炎を抜髄したのに痛みが引かないのは、決して珍しいことではありません。原因は、根の先に炎症が残っていたり、感染が再発していたり、噛み合わせなどの外的刺激によるものなど、さまざまです。貼薬をしても改善が見られない場合は、根管の再治療やCTによる精密検査が必要になることもあります。
重要なのは、「痛みが続いているからといって焦らず、原因をしっかり突き止め、段階的に治療を進めること」です。歯科医師と相談しながら、治療の経過を見守ることが、結果的に歯を長持ちさせる最良の方法になります。
【7】患者様へのメッセージ
「神経を取ったのに痛い」という状況は、誰にとっても不安なものです。しかし、多くの場合、治療過程の一部として一時的な痛みが起こっているだけで、適切な経過観察と治療によって改善していきます。痛みが続く場合は我慢せず、担当医に遠慮なく相談してください。状態を確認し、必要に応じて薬の入れ替えや噛み合わせの調整を行うことで、痛みを最小限に抑えることができます。
当院のホームページでは、精密根管治療にも治療内容を載せておりますので、あわせてご覧ください
【参考文献】
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日本歯内療法学会 編『エンドドンティクス:歯内療法の臨床ガイドライン』医歯薬出版、2016年
