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「今の日本で“歯を残す”か“抜いてインプラントにする”か…最新の動向と患者が知っておくべき現実」

現在の日本における歯科医療は、著しい技術進歩と高齢化の進行、そして「健康寿命」への関心の高まりにより、かつてない変革期にあります。とくに「インプラント治療」と「抜歯の是非」に関する議論は、患者と歯科医師の間で大きなテーマとなっています。
かつては「悪くなった歯は抜いて義歯を入れる」という流れが主流でしたが、現代では「いかに自分の歯を残すか」が歯科医療の大前提とされつつあります。しかし、現実には重度の歯周病や歯根破折、再治療困難な虫歯などにより、抜歯を避けられない症例も多く存在し、その際の第一選択肢として「インプラント治療」が急増しているのが今の日本の実情です。
本記事では、最新の統計や研究に基づき、日本におけるインプラント治療の現状と抜歯の判断基準、さらに歯を残すための医療的努力や患者の選択がどのように変化しているかを詳しく解説していきます。
【日本における抜歯の実情と原因】
厚生労働省の調査(2022年歯科疾患実態調査)によると、日本人が歯を失う原因の第1位は「歯周病」で、全体の約4割を占めています。第2位が「う蝕(虫歯)」、第3位が「歯根破折」、続いて「矯正や親知らずなどの計画的抜歯」が続きます。
特に中高年以降に多いのが、歯周病による骨吸収や動揺を伴う抜歯です。これは予防的な歯科通院が不十分であったり、長期的なプラークコントロールの不足により発症・進行するケースが多く、抜歯を避けられないこともあります。
一方で、歯根破折による抜歯の割合も近年増加しています。これは歯の根の部分が折れる現象で、特に神経を抜いた歯(失活歯)で多く見られます。失活歯はもろくなりやすく、再治療が難しいため、多くのケースで抜歯の判断が下されます。
【歯を残す治療とその限界】
歯科医療の進歩により、歯を残すためのさまざまな治療法が登場しています。たとえば以下のような方法があります。
根管治療(マイクロスコープを用いた精密治療)
再植術(自分の歯を一時的に抜いて処置後に戻す)
歯周組織再生療法(エムドゲインなどを用いた歯槽骨の再生)
歯根端切除術(根の先端のみを外科的に切除する)
これらの治療法を活用すれば、従来は抜歯とされていた歯でも保存が可能になる場合があります。しかし、重度の感染や歯槽骨の喪失が広範囲に及んでいる場合は、どれだけ高度な技術を用いても保存できないことがあります。
また、保存を優先しすぎた結果、数年後に再治療が困難な状態になり、より大きな損失を招くケースもあるため、「歯を残すこと」だけが正義ではないという考え方も広がっています。
【インプラント治療の現状と普及率】
現在、日本国内のインプラント治療は年間約100万本以上が埋入されており(日本口腔インプラント学会推計)、これは10年前の約2倍の規模です。特に50代〜70代の患者を中心に、「入れ歯ではなく、しっかり噛める歯を取り戻したい」という希望からインプラント治療が選択されるケースが増えています。
また、次のような要因も背景にあります:
セラミックやジルコニアによる高審美性の実現
骨造成(GBR)やサイナスリフトによる難症例への対応力の向上
歯科用CTやデジタルガイドシステムによる正確な埋入と安全性の確保
インプラント周囲炎に対する予防指導の普及と対応技術の向上
これらの技術的進歩により、従来はインプラントが困難とされた症例でも治療が可能になり、抜歯後の第一選択肢としての地位を確立しつつあります。
【インプラントと抜歯の意思決定を左右する要素】
では、実際に歯科医院ではどのように「歯を残すか」「抜いてインプラントにするか」の判断が行われているのでしょうか。以下の要素が主に関係しています:
残存歯質の量と歯根の破折状況
歯周病の進行度(特に骨吸収の程度)
嚙み合わせや歯列全体のバランス
患者の年齢と全身疾患(糖尿病、骨粗鬆症など)
経済的な事情と治療への希望(審美性、治療期間など)
また、患者側の理解も極めて重要です。「抜歯後に何もしない」ことによる隣在歯の傾斜や咬合崩壊といった二次的な問題も説明されなければ、適切な選択ができません。
最近では、カウンセリングに十分な時間をかけ、**「この歯を本当に残すべきか」あるいは「インプラントで再構築すべきか」**を患者と共に判断する医療機関が増えています。
【高齢化社会における今後の方向性】
日本は世界でも有数の超高齢社会に突入しており、これからの歯科医療では「インプラントの寿命」「高齢者に対するメンテナンスの難しさ」も無視できない問題です。
インプラントは正しいメンテナンスを行えば15〜20年以上持つとされており、天然歯に近い機能回復が期待できますが、高齢者にとっては「メンテナンスが自力で難しくなる」「全身疾患との兼ね合いで治療を行えない」という問題が生じやすくなります。
そのため、今後は以下のような方向性が重要になると予想されています:
高齢者にも対応できる簡便なメンテナンス設計
咬合再建よりもQOL(生活の質)重視の治療計画
インプラントと天然歯、義歯のハイブリッド治療の増加
抜歯のタイミングと全身管理の連携(内科・老年科との連携)
【まとめ:抜歯とインプラントの選択は「歯を守ること」の延長線上にある】
インプラント治療が普及し、技術的にも安定してきた今、日本の歯科医療は「歯をどう残すか」「どの段階で抜歯するか」をより慎重に判断する時代に入りました。
歯を残すための努力はもちろん大切ですが、長期的な視点で口腔全体の健康を考えた時、あえて抜歯し、インプラントで再建することが最良の選択となることもあります。
つまり、インプラントは「抜歯の代替手段」ではなく、「口腔の健康と機能を守る手段」の一つに過ぎません。最も重要なのは、患者一人ひとりの背景や希望、そして医学的根拠に基づいた判断を尊重した治療計画を立てることです。
そして今、日本の歯科医療はそのバランスを追求する段階にあるのです。
【参考文献】
厚生労働省『歯科疾患実態調査』2022年
日本口腔インプラント学会『インプラント治療の動向』2023年報告書
Lang NP, Berglundh T. (2008). “Periimplant diseases: where are we now?” – Consensus report of working group 4 of the 6th European Workshop on Periodontology
日本歯周病学会『歯周病による抜歯と治療選択』2021年臨床ガイドライン
Misch CE. Contemporary Implant Dentistry. Mosby Elsevier, 2015
